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【ネタバレ】黒後家蜘蛛の会に登場する切手について【情報募集】 - 2015.12.26 Sat

「黒後家蜘蛛の会」とはアイザック・アシモフによる短編推理小説のシリーズで、日本では創元推理文庫より邦訳が発行されています。

その2作目「黒後家蜘蛛の会2」の中に「ある切手」が重要なモチーフとして登場する回があります。
興味が出て、その切手が実際に存在するものなのか、アシモフによる想像の産物なのか、いろいろ調べてみたのですが、私だけでは調べきることができませんでした。
切手に詳しい方、歴史に詳しい方、もし良かったら力をお貸しいただけないでしょうか。これ以下、物語のネタバレなどを含みます。ご了承いただける方のみ画面をスクロールしてお進みください。

ネタバレする前に読みたい、という方はこちらをどうぞ。→(Amazonへのリンクです。)

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ネタバレして大丈夫?
























いいかな?






















はい。

その「切手」が登場するのは「黒後家蜘蛛の会2」に収録されている「鉄の宝玉」(原題:The Iron Gem)です。
黒後家蜘蛛の会のメンバーは毎月1回ニューヨークのミラノ・ホテルで会合を開き、ゲストが持ち込んだ「謎」に対し素人探偵ぶりを発揮するのですが、最後に真相を言い当てるのは常に給仕のヘンリーである、というのがこのシリーズの決まった流れになっています。

「鉄の宝玉」のゲストは宝石商のラティマー・リードです。リードは曾祖父から伝わるある隕石の欠片について、黒後家蜘蛛の会のメンバーに話します。
リードの曾祖父は19世紀という時代に世界を股にかけて歩く豪快な人物でした。曾祖父は1856年、隕石の欠片に手紙を添えた小包を、香港からアメリカへ発送します。その隕石がリードの家で受け継がれ、今ではリードのお守りとなっているのですが、この会合よりさかのぼること10年前、リードはある男に「隕石を500ドルで買い取りたい」と持ちかけられます。その男の態度が無礼であったこともあり、リードはこの申し出を断りました。
曾祖父の手紙によれば、その隕石は曾祖父が冒険の末、回教徒の信仰の対象になっている神聖な隕石の塊から抜き取った、つまり盗んだものであるとのことでしたが、リードはそれを荒唐無稽な作り話だと断定しています。また、リードは自然科学博物館へ隕石を持ち込んでおり、それが隕石としても大した価値がないことは判明しています。
それなのになぜ男は「500ドルで買い取る」と言ったのか。どこにそのような価値があるのか。

黒後家蜘蛛の会のメンバーがああでもないこうでもないと一通り推理をした後、横で聞いていた給仕のヘンリーが披露した「真相」はこうでした。
曰く、その男の真の狙いは隕石ではなく、隕石が送られてきた包み紙だった。無礼な態度で「隕石を500ドルで買い取る」とふっかけたのはリードを怒らせ、包み紙から気をそらせるためで、そもそも代金を支払う気はなかった。事実、リードは手紙と隕石は今でもきちんと所有しているものの、その男に会った後、包み紙の所在は分からない。
その、包み紙には切手が貼られていました。男の真の目的はその切手であった、というのがヘンリーの推理です。

「その頃すでに、イギリスは近代的郵便制度を確立していたはずでございます」
「ロウランド・ヒル」ルービンが間髪を入れずに言った。「1840年だ」
「そういたしますと」ヘンリーは言った。「その小包には切手が貼られていたのではございませんでしょうか」
 リードは愕然とした。「そう言われてみると、たしかに、何だか黒っぽい切手が貼ってあったような気がするなあ。図柄は女の横顔だったかな」
「若き日のヴィクトリア王女だ」ルービンが言った。
 ヘンリーは言った。「大変珍しい切手ではございませんか」

(池央耿訳・黒後家蜘蛛の会2 P96より)

以上が「鉄の宝玉」のお話です。


* * *


これを読んだ後、いくつか疑問が残りました。

■「ヴィクトリア女王の横顔が描かれた黒っぽい切手」とは「ペニーブラック」のことか?
■1856年当時、香港はイギリス領だが、「ペニーブラックを貼って香港から発送」なんてことが実際にあったのか?
■それともペニーブラックではなく別の切手なのか?

以下、年表です。 ※赤以外は史実です。

1840 イギリスにて世界最初の切手・ペニーブラック発行(ヴィクトリア女王の横顔・色は黒)
1840 清朝とイギリスの間でアヘン戦争勃発
1842 南京条約により香港島を清朝からイギリスに割譲
1856 アロー戦争(第二次アヘン戦争)勃発
1856 リードの曾祖父が香港からアメリカへ小包を発送
1860 北京条約により香港の九龍市街地をイギリスへの割譲に追加
1862 香港最初の切手が発行される(ヴィクトリア女王の横顔・7種類)

リードの曾祖父が小包を発送したのは香港最初の切手が発行される前です。また物語の最後、落ち込むリードに対し、ヘンリーが「初期のイギリスの切手は美しいものではございません」と発言していることから、少なくとも物語上は、香港切手ではなく、イギリスの切手が指し示されていることが分かります。

香港最初の切手について、郵便学者・内藤陽介氏のブログに記述があります。
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/blog-entry-2774.html
これによると、当時の香港総督が「香港でもイギリス本国の切手を使用したい」と申し出たものの、ロンドン中央郵便局は香港独自の切手を発行するように指示したそうです。そして1862年、香港最初の切手発行へ。

つまり、香港ではペニーブラックは使用されていない?
史実を考えれば、リードの曾祖父が「切手を貼った」というのは、ありえないこと?

「黒後家蜘蛛の会」はもちろんフィクションなので、この「切手」がペニーブラックを元にした「創作」であることは充分考えられます。ただ、私は歴史も詳しくないし、郵便についても知らないことだらけなので、何か私の知らないこと、気づいてないことがあるのではないかと思い、今回この文章を書いています。

もし、上記のあらすじと史実を突き合わせ、何か気付いたこと、あんたそこ間違ってるよ!との指摘がある方はぜひご連絡ください。
お待ちしています。


* * *


ちなみに、私がこの件について考えることになった経緯はkonamaさんがNotebookersの記事にしてくれています。
解けた謎、深まる謎 Notebookers Detective Story
http://notebookers.jp/?p=32696
(この記事の後半部です。)

(私もNotebookersに書こうかと思ったのですが、こっちのブログの方が「切手好き」の方が見てくれる可能性が高そうだと思い、こちらに書きました。)


今年はブログに長い文章を書くのはこれが最後になりそうです。
ここまで読んでしまった方は、年末にちょこっと「ヴィクトリア女王の横顔が描かれた黒っぽい切手」に思いを巡らせてみてください。
良いお年を!



今回参考にした本たち


2015.12.27 追記:

郵便学者・内藤陽介先生がこの件について解説してくださいました。

【解答編】黒後家蜘蛛の会に登場する切手について

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