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2017-09

ロマノフ朝の皇女アナスタシアとエハガキ華の共通点。 - 2011.04.13 Wed

postcrossingフォーラムの【princess tag】でこんな絵葉書もらいました。

P4138874.jpg

ロシア帝国ロマノフ朝の皇女アナスタシア。
最後のロシア皇帝ニコライ2世の4番目の娘。

彼女の趣味はなんと、「写真撮影」だったそう。
彼女が撮影した写真を集めた写真集も出版されているのだって。

ロマノフ朝最後の皇女 アナスタシアのアルバム―その生活の記録ロマノフ朝最後の皇女 アナスタシアのアルバム―その生活の記録
(1996/10)
ヒュー ブルースター

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見つけた。これだ。(ちょっと気になる)

歴史上の人が「写真が趣味だった」と聞くと親近感が湧きます。
江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜も隠居後、写真を趣味にしていたんだよ。

--以下、アナスタシアの悲しいお話(Wikipediaより抜粋・要約)--

最後のロシア皇帝ニコライ2世の4番目の娘アナスタシアは病弱だけど明るくひょうきんな性格。彼女の前ではどんなに気難しい人でも笑顔になりました。上の3人のお姉さんとも仲が良く、弟のアレクセイの面倒もよく見ていました。
1918年、ロシア革命が起こり、アナスタシアは監禁されていたイカテリンブルクのイパチェフ館において、レーニンから一家全員処刑の命を受けた処刑隊によって、両親・姉弟たちと共に銃殺されました。彼女は17歳でした。

余談だけれど、このロシア革命の後、「私は処刑を免れ生き延びたアナスタシアである」と主張する人物が1920年~30年の間に少なくとも30人はいたそうです。中でもアンナ・アンダーソンという人物は多くの支持者を集め、ロシア帝室の莫大な遺産をめぐる訴訟まで起こしました。(最終的には真偽の確定が不可能として却下)
アンナ・アンダーソンは社交界の華となり、この騒動は今までにハリウッドで2度も映画化。彼女はニクソン大統領の就任式にも招かれています。

彼女がここまで成功した間接的な理由には、レーニンが、ニコライ2世一家虐殺後に「ニコライ2世は処刑されたが、家族は安全な場所にいる」という嘘の公式発表をしたことや、ソヴィエト政権がアナスタシアを含むロマノフ一族を虐殺した事実を、ソ連崩壊まで隠蔽し続けたことによります。
欧州史において王政打倒時に国王を殺害することはあったけれど、王位継承権を持たない女性王族や幼い王子や王女まで皆殺しにするのは前代未聞だったため、多くの人は皇女は生存していると信じていたそうです。

P4128856.jpg

P4128862.jpg

昨日のお散歩写真より。
アナスタシアの絵葉書を眺めながら深遠な思考に沈む、静かな夜です。

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