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古利根沼付近の盛り土の謎を追う。 - 2011.11.08 Tue

先月、古利根沼の南側にある波除不動尊について書きました。
http://jadranskomore.blog102.fc2.com/blog-entry-565.html

>かつての利根川は流路が湾曲していたために台風による河川の氾濫が絶えず、その防止のための河川改修工事(明治44年~大正9年)により利根川は現在の位置を流れるようになりました。
>古利根沼は工事前の蛇行していた部分の名残です。

そして、古利根沼の西側に謎の盛り土があるのですが、昨日はそこを探検してきました。たぶんこの盛り土は昔の改修工事前の旧利根川の「土手」の名残なのではないかな?

PB071985.jpg

1.盛り土の切れ端、正面から。王蟲の死骸?(昨日から連続で王蟲ネタなのは偶然だよ)

PB071997.jpg

2.手前が王蟲で、奥に小さく見えるのが現在の利根川の土手と大利根橋です。

PB071989.jpg

3.王蟲に沿ってまだまだ歩きます。

PB071995.jpg

4.王蟲の体表で秘密基地ごっこができそうです。

PB071999.jpg

5.王蟲の背中越しに月を望む。

PB072002.jpg

6.そうして歩いていくと古利根沼の西端に着きます。鵜らしき鳥が水中からいきなり飛び出してきてびっくりしました。いきなりすぎて写真に撮れなくて残念。

dote20111107_1.jpg

簡単にですが図にするとこんな感じです。数字と写真は対応しています。
千葉県民からすると川の手前は全部千葉県だという感覚があるのですが、古利根沼の北側と現在の利根川に挟まれた辺りは茨城県取手市の小堀という地区で、改修工事によって千葉県側に取り残されてしまった部分です。文献など確認したわけではないですが、これは旧利根川の土手の跡と見て間違いなさそうです。この更に南側にも、ここほど立派ではないけれど盛り土がありました。それは対岸の土手跡だと思います。

この昔の土手がいつできたのかは分かりませんが、改修工事前はこの土手を使っていたのだから、少なくとも明治時代の人はきっとこの上を歩いていたのです。そういう想像って何だかわくわくしませんか?実際に現場を歩いてみるのって大切だなぁと感じたお散歩調査でした。

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