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三椏と椋木と旧取手宿本陣染野家住宅 - 2012.04.19 Thu

昨日の続き。
普段は金・土・日のみ公開の旧取手宿本陣ですが、昨日の長禅寺三世堂御開帳にあわせてこちらも公開していたので行ってきました。

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旧取手本陣染野家住宅の表門。ここへは駅前から取手市商工会のあるバス通りに出て筑波銀行取手支店の先の小道を左に折れます。看板が出てるのですぐ分かると思います。

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立派な土蔵もありました。黄色い花をつけてるのは和紙の原料になる「ミツマタ」(三椏)だって。

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茅葺きの屋根。

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「本陣」とは、江戸時代に各地の大名が参勤交代の制度によって江戸と国元を行き来する際、その道中に休息や宿泊に利用した家のことです。その土地の名主の家が本陣に指定されることが多かったようです。

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主屋の見学の前に敷地内にある小道を上ります。この立派な木は保存樹木に指定されているムクノキ(椋木)だそう。根元に生えてる青々とした草がこの木の子どもみたいで何だか可愛かった。

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小道を上りきるとこの歌碑が。天保11年(1840年)1月、水戸へ向かう道中の水戸藩第9代藩主・徳川斉昭は利根川を渡る船の上で和歌を詠みました。その日、斉昭は取手宿本陣に宿泊しましたが、後にこの時の和歌を石碑にして染野家へ贈ったんだそうです。歌碑には「指して行 さほのとりての 渡し舟 おもふかたへは とくつきにけり」と刻まれています。ちなみに最後の将軍・徳川慶喜は斉昭の7男。松戸の戸定邸もそうだけど、旧水戸街道沿いには水戸藩にまつわるいろいろが残ってるんだなぁ。

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そして主屋へ。土間から天井を見上げたところ。立派な梁。

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明治時代に家を直した時に取り付けられたガラス戸。今のガラスと違って波打っていて、そしてところどころに気泡が入っています。

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武家の人たちが利用した部屋の漆喰には白い色が使われています。

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こちらは同じ建物内ですが、武家の人たちは使用しない民家の部分。漆喰は格を落として淡茶にしてあります。さらに「粗壁」のまま。格式が違うために民家部分には「白」を使用できなかったのだって。身分の差がはっきりしていたのです。

最初古い家屋に興味を持ち始めた頃はただ何となく見ていた感じだったけど、回を重ねるごとに「見るポイント」が分かってきた気がする。そうするともっともっと楽しくなってくるんだよね。
今回帰宅して貰った資料を読んでいたら「あー!これ見忘れた!」ってとこがあったので、また近いうちに行けたらなぁと思います。ふふふ。意外なところで郵便関係なことなのです。

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